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共存共栄共有のススメ

 2017-07-23
最近は、カーシェアリングとかシェアハウスとか、
色んなものを「共有」することが広がっているみたいですね。

保育園・幼稚園の頃、小学生でもいいんだけど、
同じおもちゃを独り占めして、それに対して周りの子から攻撃されて、
結果的に「みんなで遊んでね」と叱られている子ども、いませんでした?

やっぱり、大きい小さい関係なく、
世の中の全ての争いのきっかけは「独占すること」なんだろうと思うんですが、
いかがでしょうか?

世の中の戦争の大半は、領土や宗教圏の拡大が目的だと思うんですよ。

日本の戦国時代の「戦」なんか、まさしくそう。領地争い。

よくよく考えれば、全ての企業は「市場の独占」を目指して
企業活動を行っているわけで、独占禁止法があるので、
同じ業種に様々な企業が林立している印象があるけど、
やはりやっていることは「市場独占を目指した企業活動」なわけで、
それが、企業間競争を生み出しているわけです。

つまり、独占を目指すいくつかの固体が、いくつか林立することで競争が起き、
それが人間の社会的活動を活性化させているんだと思うんですが、
それでも、人間の独占欲なんてものは、時としてこの社会に
地獄を見せてしまうことがあります。

某女優さんが、夫である俳優さんにインターネット上で攻撃をしかけていますが、
これこそ、その女優さんの「独占欲」から生まれた悲劇ではないかと思うのです。

今「不倫」は、インターネット上で叩かれる一番大きなトピックスです。

ただ、疑問なのが……

まあ、結婚してる相手以外に別の異性と何かしらあったは、理解できるんです。
だって、結婚するときに神に誓っているわけですから。
この人と一生添い遂げますって。

ただ、まだ結婚する前の男女が、
少し別の異性を「お試し」してみただけで、袋叩きに会うのはどうなんでしょう?

結婚したら「この人一筋」と決めないといけないのなら、
その前に、色んな人と「この人でいいのかな?」を確認していく必要があるのでは?
と思うわけです。

それでも、長年一緒に居たら飽きてくる…なんてご夫婦も多いでしょう。
価値観は一緒なんだけど、セックスレス…とか、
身体の相性はいいんだけど、いつも喧嘩ばかり…とか。

結婚に関して言えば「一人に絞り込むことで起きる様々な弊害」で悩まされている
ご夫婦が結構多いように見受けられます。

ならば、かつてバブル時代の女性が「アッシーくん」「メッシーくん」「ネッシーくん」など、
そのシチュエーションとTPOによって相手ら変えていたように、
一緒に暮らして子供を育てるのはこの人、デートに行くならこの人、
セックスするならこの人、みたいに、ご夫婦ともども「共有」できるような文化になれば、
不倫とか浮気などというトラブルは一切なくなるのではないか。

やはり、平和を生み出すのは「共存共栄」。
そのためには「共有」という考え方が必要で、
誰かが何かを「独占」したがるところから、
争いは生まれる。

そんな気がする今日この頃なのであります。



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そろそろ、真ん中を行こう。

 2016-06-19
※5月29日にFacebookに投稿した記事の加筆再掲です。

4月に起きた元米海兵隊員の男による女性遺体遺棄事件を受けて、
本日、「元海兵隊員による残虐な蛮行を糾弾! 被害者を追悼し、
沖縄から海兵隊の撤退を求める県民大会」が開かれた。

主催したのは「主催・辺野古新基地を造らせないオール沖縄会議」。

超党派での参加を呼びかけていたが、
政権与党である自民党と公明党の議員や関係者は不参加となった。

私は、今回の事件に関して、
沖縄県民全体が、
進む方向性を間違っている気がしている。

これは、県内・県外マスコミのそれぞれの記事による影響もあるだろう。
県内マスコミは「反基地寄り」の雰囲気が漂う記事を出し、それに反発する県民も多い。
産経なんかは、元々自民系だった翁長知事を「革新に飲み込まれた」と評して、
全国に伝えている。

正直、このままだと、
戦争の前に、沖縄県内で内紛が起きる。
既に起きてるかもしれないけど、
たぶん、血が流れるぞ。

いい加減、
左か右か
AかBか
白か黒か
善か悪か
二極化した議論から抜け出せないかなあ。

事件が起きた。
犯人をどうやって裁き、どう懲らしめ、どうやって再犯を防ぐか、
被害者遺族と、犯人の家族をどうやってフォローしていくか、
こういう犯罪が再び起きないような
具体的な対策をどうするか?

そこに焦点を絞って話を進めないと、
おかしな方向に進んでしまう。

「基地があるから事件が起きる」という主張は、いささか飛躍しすぎだが、間違ってる考え方ではない。ひとつの原因論としては成立する。

ただそれは、突き詰めれば「日本があるから事件が起きる」「アメリカがあるから事件が起きる」「人類がいるから事件が起きる」「地球があるから事件が起きる」と同レベルの発想で、

米軍関係者による事件を起こさないように基地を撤去してください、という理論は、
「根本原因を抹消する」という意味では
病気や怪我をしないように死なせて下さい、という理論と同じなのだ。

大切なのは
「あ、そういう考え方もあるね。はい。」
と飲み込むこと。
その上で「だけどね……」と柔らかく包み込みながら、具体的な対策を話し合いに入ること。

間髪入れずに、「その考えはどうかと思う」と否定し始めると、そもそもの事件とは別のところで、違う争いが起きてくる。

今、日本全てにおいて、
「はい、あなたの考えはわかった」という姿勢が欠けてると思う。

こういう考え方もあって、こういう考え方もある。で、今回は解決策を練るためにこういう考え方を採用しよう、または、この考え方とこの考え方のココとココを混ぜていこう、としないと、何も進まない。

ちなみに、私は、その姿勢が「欠けていて」も、何ら問題はないと思う。
私が問題だと指摘しているのは、欠けていることそのものではなく、これまで列挙した私の考え方を指して、これを否定したり、こういう考え方をする私を排除したりしようとするような思想のことだ。

私はこう思う、という反論はいくらあっても構わない。
ただ、最近、ある考え方に対して、この発想はよくない、とか、この考え方をする人は危険だ、という発言・主張をよく目にする。

みんな違って、みんないい。

金子みすずさんの言葉。

みんな生きればいいじゃないか。
近くの場所で衝突しそうなら、
違う場所で暮らせばいいじゃないか。

何に対する「障害」なのか?

 2015-07-18
ウチナーコンボイ・テレビ屋生活20周年アニバーサリー
第四弾・沖縄BON!!
特集“一人ひとりのダンス!
~ダウン症児者のダンスチーム「沖縄ラブジャンクス」初ライブに密着~


ご覧頂きました皆さん、ありがとうございました。
これから録画でご覧頂く皆様、引き続き宜しくお願いします。


さて、今回の取材で、改めて私が感じた事・考察した事をお話しさせて下さい。

近年、「障害者」を「障がい者」や「障碍者」と書き換える風潮があります。

これは、「害になっているという印象を与える」という当事者団体からの批判を受けて、
メディア側が自主的に引いているガイドラインみたいなものです。

ただ、これは「文字面」の話であって、「音」としては変わらないわけです。

「しょうがいしゃ」に変わりはない。

要するに「上っ面の変更」だけでごまかしているわけです。

以前、乙武洋匡氏が、フジテレビのワイドナショーで、
「表面上の字面を変えることには全く意味が無くて、
障害者に対する意識や本質を変えないと意味がない」
と述べられていましたが、
まさしくその通りなのです。

では、なぜ「障害者」を「障害者」と呼ぶようになったのか。

1970年に制定された「障害者基本法」の第二条では、障害者について、

「身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。)
その他の心身の機能の障害(以下「障害」と総称する。)がある者であつて、
障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は
社会生活に相当な制限を受ける状態にあるものをいう。」
 と定義しています。

また一方で、発達障害者支援法第二条第二項では、発達障害者について

「発達障害を有するために日常生活又は社会生活に制限を受ける者」 と定義しています。

戦前において、障害者のことは「不具者(ふぐしゃ)」「不具癈疾者(ふぐはいしつしゃ)」などと表記され、
一般には「片輪者(かたわもの)」と呼ばれていました。
※参照・一部引用:wikipedia

尚、この「片輪者」という表現は、現在は「放送禁止用語」とされ、テレビや新聞などでのメディアで
目にすることはなくなったが、前述の乙武氏は、
この「カタワ」という表現をtwitterでちょくちょく意図的に使用しています。


更に過去に遡ると、明治以前の日本では、
身体障害者・障害児が、特別な対象として畏敬されていた記録もあります。

よくよく考えれば、伝承の神々には、目がひとつしかない存在がいたり、
たくさんの手にたくさんの目がついている存在だっていたりしますよね。


では、「ごくまれにしか生まれない特別な存在」であった人たちが、
なぜ、「差し障りがあって害がある存在」と定義されるようになったのでしょうか。

それは、戦後の日本に訪れた、高度経済成長に原因があると思うのです。
一般的に言われる高度成長の期間は、1954年から1973年。

前述の障害者基本法が制定された1970年は、まさに、
この高度経済成長の「完成期」にあたります。

日本全体を「戦後復興」と「経済大国を目指した成長」が包み込んでいた時代。
つまり、日本が「全体主義」で動いていたわけです。

全員で前を向いて、日本を経済大国にしていく。
そんな中において、確かに身体の一部が動かなかったり、
学習能力が他の人たちに比べて低い人たちは、迅速な経済構築にとって
「差し障りがあり」、計画遂行に向けた中では「害がある」存在でしかなかったわけです。

つまり、この国が歩んできた「全体主義」の中で「障害者」という呼び方は誕生したのだと
私は考察するのです。


今回取材した「ダウン症候群」の人たちは、
21番染色体が3本あるという、遺伝子の構築段階で起きる「自然現象」によって、
生まれた時からそういう性質の身体で生まれた人たちなのです。
つまり正確には、ダウン症候群は「病気」でもなければ、
「障害」でもありません。

ダウン症による合併症で、社会生活に参加できなかったり、
企業への就職が難しかったり、周囲とのコミュケーションがスムーズにいかないことによって、
彼らが「社会の全体主義」にとっての「障害」になってしまうのです。

ほかの人たち…いわゆる「健常者」が、その人たちを指して「障害者」と呼ぶのは、
健常者側のエゴイズムに他なりません。


私が思う本当の意味の「障害者」とは、後天的に障害になってしまった人たち。
事故や病気によって、元々の身体に「害」が生じ、
今まで自分で出来ていたことが出来なくなることで、
生活に「差し障り」がでてくる。

なので、先天的に「身体の違い」を持って生まれた人たちを、
「障害者」というくくりでまとめるのは、そろそろやめるべきだと私は思うのです。

だって、その姿や性質が、その人の「デフォルト」なわけだから。


ダウン症候群の人たちでも、軽度の方は、普通に会話が出来るし、
外見も、ダウン症候群でない人たちとほとんど変わりません。
一方で、心臓病などの合併症を抱えていたり、
言葉による意思疎通が困難な方もいて、その個性もバラバラです。

だから、「ダウン症の人たち」とどう接するべきかという発想ではなく、
「この人」とどう接するべきかという、個人に合わせた発想に転換していく必要が
あるのだと思います。

これは、LGBTも一緒。
ゲイ・レズビアンと性同一性障害は違うし、
ゲイの女装家がいれば、レズビアンの男装家もいるのです。

「在沖米軍」の中にも、
戦争反対の想いを持った軍人さんもいるし、日本や沖縄が大好きな軍人さんもいる一方で、
地元住民に危害を加える軍人もいるから、何か事件が起きた時、
ひとくくりで「これだから軍人は!」と捉えるべきではない。

「健常者」の中にも、理数系もいるし文系もいるし、
背が高い人・低い人、美形な人・そうじゃない人、
歴史に詳しい人・疎い人、記憶力がいい人・悪い人、
その個性はそれぞれ違います。

社会の多様性とは、
「一括りにせず、個人一人ひとりと向き合っていく社会」のことを
言うのではないかと思います。

もしかすると、「障害者」を見て、「障害者だ」とひとくくりに捉えてしまう思想そのものが、
「障害」なのかもしれません。


今回、取材に応じて頂いた、当事者のご家族、
そして、関係団体の皆様に深く感謝申し上げます。

長文にお付き合い頂き、ありがとうございました。

「見せる」とは?

 2014-10-26
日本の航空会社の機内安全ビデオは、どうも「見せる側」が、
「見せなければならない」というスタンスを越えられていないような気がする。

つまり「制作しなければならない最低限のクオリティ」で作っているわけで、
「見せたい」という欲求が伴っていない。

「見せなければならない」ならば、乗客に「見たいと思ってもらう」必要があるわけで、
「見たいと思わせるクオリティ」で作らなければならない。

以前、どこかの国の航空会社が、
制服のボディペインティングを施した全裸の出演者による機内安全ビデオを公開したが、
その際も日本のネット上では
「機内安全ビデオなんだから真面目に作らねばならない」という意見が出た。

しかし、真面目に作っても、みんな本当に「見てる?」

「真面目に作れ!」と言ってる張本人すら、
その機内安全ビデオをちゃんと見てるかすら怪しい。

ならば「見せる」努力はするべきだろう。

映画をヒットさせたい映画サイドと、
機内安全ビデオを「見せたい」航空会社の利害が完全に一致した今回のコラボレーション。

日本の航空会社にも、このくらいの発想をお願いしたい。



ひとつの終わり。ひとつのはじまり。

 2014-09-21
私の家から見える、那覇市の風景。



中央に見えるのが、那覇タワーと沖縄三越。

今日、沖縄三越が57年間の営業を終え、その歴史に幕を下ろした。

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営業最終日ともあって、最後の別れをしようと、
大勢のお客様が詰めかけたようだ。

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国際通りのちょうど真ん中ほどにあり、
山形屋とともに、国際通りを牽引してきた百貨店だった。

閉店時刻の午後7時には、店舗の周囲にひとだかりが出来、
那覇署が警備にあたるほど。

店内のお客さんが全員外に出た午後7時45分ごろ、
玄関で社長さんがお客様に最後のご挨拶をし、
沖縄三越のシャッターが閉じた。

集まった人々からは、盛大な拍手が贈られた。

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私も群衆にまぎれていたが、
周囲にはご年配の女性もたくさん詰めかけており
「寂しくなるわねぇ」という声があちらこちらから聞こえてきた。


かつての国際通りは、那覇市民の、そして、県民の憩いの場所であり、
買物・レジャーの中心地であった。

しかし現在、国際通りを訪れるのは、観光客がほとんどを占めており、
周辺の店舗も観光客向けを意識した所が並んでいる。

那覇市民は、おもろまちや小禄などに分散し、
サンエーやイオンが県内各地に進出したおかげで、
県民は、バスでわざわざ那覇まで出てきて買い物する必要が
なくなった。

時代によって、地域の役割も移り変わる。

沖縄三越も、その移り変わりの中で、
ひとつの役目を終えたのだ。

「寂しい」のは、人の情であり、
建造物を、自分自身の人生を振り返るひとつのツールとして
とらえているからだ。

三越自体がなくなるのが寂しいのではなく、
三越の中で時間を過ごした過去の(若き日の)自分の
面影がなくなっていくのが、寂しいのだ。

しばらくすると、沖縄三越のあった場所に、
新しい建物ができるだろう。

そうやって、時間の流れに従って、
「寂しい」を繰り返しながら、地域も、建物も、自分自身も、
その役割を変えながら、生きていくのだ。

ひとつの終わりは、ひとつの始まり。

明日から、また新しい一週間がはじまる。



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