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「スター」のあり方

 2017-06-27

インターネットなんてものがなかった時代。


「スター」の心の内を図り知ることなんて出来なかった。


舞台の上の姿が全て。

テレビ・スクリーンの中の表情が全て。

ラジオから聴こえる声が全て。


だからこそ「週刊誌」「芸能リポーター」「ワイドショー」というものが発展してきたのだ。


しかし今、インターネットは「スター」の心の内をつまびらかにする。

もちろんそれは、本人が意識的にしていることなのだが。


自分の個人的な感情を押し隠しながら舞台に上がり続けることしか出来なかった昔の「スター」。


自分の個人的な感情をインターネットで少しずつ流し広げることで精神の圧迫を防ぎ、そして、舞台に上がり続ける今の「スター」。


海老蔵さんは、今の時代に生きる新しい「スター」なのだ。


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「恋愛結婚」は、社会的システムとして、もう破綻してはいないか?

 2016-11-27
※注意:めちゃくちゃ長文です。

Facebookに、交際ステータスという欄がある。

これは、恋人や配偶者の有無、交際相手などについて表示する欄だ。

「独身」「交際中」「婚約中」「既婚」「シビルユニオン」「ドメスティックパートナー」「オープンな関係」
「複雑な関係」「別居」「離婚」「配偶者と死別」と様々な種類がある。

例えば、独身表示をすれば、結婚相手を探していたり、恋愛相手を探しているという意思表示になる。

「交際中」「婚約中」「既婚」と表示しておけば、Facebook上でナンパする人や、恋愛を意識しているFB友達に
あらかじめ拒絶の意思を示しておくことができる。

「離婚」表示があれば、バツイチだとわかるので、
「それでもアナタのことが好き」という異性友達を見つけるのには役立つかもしれない。

ちなみに「シビルユニオン」は、同性愛者の結婚関係。

「ドメスティックパートナー」は、異性愛者・同性愛者問わず、同居の恋人関係。

「複雑な関係」は、恋人同士ではない・不倫中・離婚調停中」など文字通り複雑な関係だそう。


そして、先日僕は、この交際ステータスを「独身」から「オープンな関係」に改めた。

「特定の人と交際関係を持たず自由な恋愛を楽しみたい」とか「浮気や不倫OK」という意味合いの表現だ。

恋愛はしたいけど、結婚はしないという意思表示を、ある意味世界に向けて行ったわけだ。

表明した大きな理由としては、どうやら僕には「真面目な人」というキャラクターイメージがあるらしく、
独身という表記にしておくと、「一人の人と律儀にお付き合いして、いずれ結婚する」というイメージに繋がっていないだろうかということを懸念したからである。

そういうイメージを持っていた方には申し訳ないが、僕はそんな人間ではない。

僕は、全ての女性はそれぞれに素敵な魅力があるので、
こんな素晴らしい女性の中から一人を選ぶということが出来ない。

アイドルを応援している人の用語で言うと、「箱推し」「DD(=誰でも大好き)」ということなんだろうか。

「女性」全てが大好きなのだ。

だから、色んな女性とお食事をしたいし、語り合いたいし、お酒を飲みたい。

もちろん、男と女だから、性的な関係になることもあるだろう。

そういう全ての異性間の人間関係を、もう少し大らかに深く考えず楽しんでいきたいのだ。

そもそも、結婚する意志がないので、一人に絞り込む必要も無いと思っている。

ということを、知っておいて欲しいという意思で、今回の交際ステータス変更に至った。


最近、これは日本だけなのかどうかわからないけど、
「現行の結婚というシステムに対する価値観が、不幸な人を増やしている」気がするのだ。



僕が結婚をしないと宣言しているのは、たったひとつの理由で、
自分の子どもを作りたくない(遺伝子を残さない)ということだ。

親父のことが嫌いで、親父の遺伝子を残したくない、というのが大きな動機で、
この話は、母親にもした。


となると、「結婚て何だ?」という話になっていく。

広辞苑には、「婚姻」という言葉の定義として、「結婚すること」とあり、
「夫婦間の継続的な性的結合を基礎とした社会的経済的結合で、
その間に生まれた子が嫡出子として認められる関係」とある。

要するに、結婚と言うのは、人間が社会活動を進めていく上で、
一番最小の経済的組織ということになるわけだ。

男女が結びついて、子孫を作ったら、
その子供を誰が養育していくのか、という定義の中、夫婦という単位は、とても重要だ。

また、昔の大名や一族企業、伝統芸能などの場合「家督・経営権・名前を継ぐ者を育てる」という
非常に大きな役割を担っている。

そして、この場合、かつて行われていた「政略結婚」というのは、
実は理にかなった方法ではなかっただろうか。


家柄、出自、経済状況、人柄などを総合的に検討し、当人達以外の手によって(親や第三者)が、
婚姻相手を決めてくる。

僕の祖母も、結婚式当日まで祖父の顔を知らなかったらしい。

その政略結婚のシステムは、現在でも「お見合い結婚」という形で現代に生きている。

ただ、かつてのお見合いと、現代のお見合いは多少意味が異なる。

昔のお見合いは、相手を親が決めてくるため、ほぼほぼ断られることは無く、
結婚前の事前対面の意味合いが強かった。

万が一断ることになった場合、親や世話人の面目に関わってくるため、
相当ハードルが高かったという。


現在のお見合いは、結婚相手を探すためのリサーチ場所になっている。

いろいろ話して、条件が合わなければ断れば良い。
世の中の風潮も「今回も合わなかったね」くらいに認識されるので、
かつてのように、悔恨を残すようなことにはならない。

それでも「家柄」や「経済状態」「人生設計」などを見極められる場所という意味では、
結婚するための手段としては、有効な手段である。

しかし、女性の社会進出が増え、個人の自由意志が尊重される風潮が広がるにつれ、
お見合いが「恋愛結婚できない人の駆け込み場」のような扱いを受けた次期がある。

誰かが決めた相手ではなく「自分の意思で自分が決める相手」と結婚することが、
理想とされた時代があり、現在もその風潮が続いている。

また、法律上、日本は一夫一妻制であり、その経済的組織の中で子供を育てるシステムの中で、
婚姻関係にない異性と性的関係を持つことが「違法」とされている。


しかし、今、この結婚というシステムの上で生きている人たちが、
全員幸せか、というと僕はそうではない、と認識している。

そもそも、僕の両親はもともと結婚しておらず、親父には正式に籍が入った本妻がいるので、
最近の表現で言うと僕は「不倫相手の子」なのだ。

だからこそ、結婚自体に魅力を感じないし、女手ひとつでしっかり僕を育ててくれたおかげで、
「結婚していなくても、子どもはちゃんとした大人に育つ」ことを身をもって証明していると自覚している。

ちゃんと結婚して生まれた子どもでも、犯罪を犯したり、薬に手を出したり、人を騙したりと、
「ちゃんとしてない大人」に育った子どもも大勢いることは、
報道が物語っている。


また、結婚というシステムが新たな「不幸」を生んでしまうケースもある。

熟年離婚、セックスレス、長期別居…など。

夫婦間は冷え切っていても、子どもがいるから、世間体があるから、などの理由で
形式だけの夫婦関係を維持し、婚姻関係とは別に恋愛関係の相手を持っている夫婦もたくさんいる。

また、DVに苦しみながらも経済的な事情で、離婚できない夫婦もいる。

それは、果たして幸せなのだろうか?


私は、離婚した夫婦、別居中の夫婦に常々感じていることがある。
特に、結婚式・結婚披露宴を挙げた夫婦に。

「神に何を誓ったの?」「何人が二人のためにご祝儀も持って集まってくれたの?」
「別れるにあたって、式や披露宴に集まってくれた人たち一人ひとりに謝ったの?」
「永遠の愛を誓った神に懺悔したの?」

色々あると思う。結婚してからわかった価値観の違いや、
年齢を重ねるに変化していく、お互いの経済的認識や、環境、教育観など…。

でも、だからこそ「軽々しく離婚しすぎ」だと思うのだ。

もっと言うと「安易に結婚しすぎ」だと思うのだ。


最近、婚活パーティーが流行っている。

ただ、婚活パーティーに参加する人は、結婚の先に、どういう目的を持っているのか?

子どもを産み育てたいのか、相手のステータスによって自分の存在感を確かめたいのか、

社長夫人・院長夫人になりたいのか…


前述した通り、結婚した「夫婦」というものが、社会的経済的活動をすすめるための最小の「組織」であるならば、

外見とか性的相性は関係なく、「組織づくり」なわけだから、
お互いの経済観念と、政治観、教育方針、出自などが重要になってくるはず。

であれば、例えば、組織としての夫婦は維持しながら、
それとは別に、娯楽としての恋愛関係があってもなんら問題はないはずだ。

法律が一夫一妻として夫婦を縛っているのは、経済を一にしている配偶者や扶養家族を保護するためのものであって、
家庭に不利益を及ぼさなければ、「楽しみとしての恋愛」は許容されるべきだと考える。

そもそも、男の子も女の子も「家族以外」に恋愛対象・性的対象を求めるのに、
夫婦だけ「家族内」にしか恋愛対象・性的対象が許されないというのは、
どういうことだろう。

恋愛して結ばれた「家族以外の」男と女が、結婚して「家族」になった瞬間、
恋愛対象・性的対象から外れていくのは、しごく当たり前の発想だとは思えないだろうか?


昼顔妻、不機嫌な果実など、婚外恋愛を描いたドラマ・小説は、
今に生まれたことではない。


親の世代からの強制に反発し、「自由恋愛」を優先する流れの中で生まれた「恋愛結婚」。

しかし、時代が進み、そのシステムに破綻が生まれてきている。

もう「民法第770条第1項第1号」が規定する、「配偶者に不貞な行為があったとき。」という法定離婚事由の条文を
削除したらどうか。

そうすれば、「結婚したことによって不幸になってしまう人たち」を減らせるのではないだろうか。

「大量生産」の功罪~“南野陽子さん”に想う③~

 2016-03-04
※注:本文の中で「アイドル歌手」についての分析見解が出てきますが、
私はいわゆる「ドルヲタ」でもなく、それほど詳しくありません。
という立場から、とても俯瞰して「アイドル」を見た時の、私なりの感想を書いています。
「ガチヲタ」の皆さんからすれば、認識不足の部分があるかと存じますが、
それを前提にお読み頂ければ幸いです。



2月21日、東京・品川のステラボールで参加してきた、
南野陽子デビュー30周年記念コンサート -NANNO 30th ANNIVERSARY-
KIMG1207.jpg

あの空間にいて、思ったことが二つある。

ひとつは、あの空間にいたほとんどの観客が、
南野さんの昔の曲を懐かしんでいただけでなく、
自分の若い頃や、これまで歩んできた人生を振り返っていたのだ、ということ。

例えば、それが毎年コンサートを開いている歌手の方なら、
そこまで感傷にひたることはないのだろう。

ただ、25年ぶりに開かれるコンサートなので、
集まった人たちの心は、一気に「当時の自分」に戻ったに違いない。

しかし、心は「当時」に戻りつつも、
南野さんもファンの皆さんも、それぞれが25年の間に起こった、
様々な人生の山と谷を噛み締めていたのだ。


南野さんは、その活躍ぶりとは裏腹に、
実は波乱万丈な芸能生活を送っている。

初期の頃に所属していた事務所は、小さな音楽事務所だったために、
マネージメントスキルがあまり無く、南野さん自身が、
テレビ局や雑誌社に押しかけ営業をかけた結果、
グラビアやドラマの仕事を獲得したのだという。

更に、音楽事務所が、女優としてのマネージメントを別の会社に
委託したため、女優としての仕事と、歌手としての仕事による
ダブルブッキングが発生し、度々迷惑をかけたのだそう。
それにより、独立したのだが仕事が激減したそうだ。
(特にテレビ。このへんの芸能界の体質は今も変わっていないんだな。)

その後、現在の事務所に所属し、仕事の幅を広げたことで、
現在の安定した状況にいたるわけだが、それでも、
現在も度々、夫のスキャンダル記事に悩まされている。

そんな波乱万丈な南野さんを知っているファンの皆さんだからこそ、
ステージの上の南野さんの姿に、
自分の歩んできた人生を重ねながら見ていたのだ。


おそらくあのコンサートは、私もそうだが、ファンの皆さんにとって、
「今まで人生を歩んできた自分自身」に対するご褒美だったに違いない。


もうひとつ。

後日放送された、フジテレビ「ノンストップ!」での舞台裏ドキュメントでも描かれていたが、
25年歌っていないブランクはかなり高いハードルだったのであろう。

ノンストップで取材されたのは、私が行った前日の昼公演。
少々歌声が安定していなかったように思えたが、
私が行った日曜日の、特に夜公演にもなると、
常に歌っていたかのような安定感のある歌声を聴かせてくれた。

25年ブランクがあっても、すぐに本意気のパフォーマンスが取り戻せるのは、
やはり「丁寧に仕上げられた」アイドル歌手だったからだ。

「アイドル歌手」というジャンルの存在は、1970年代に入ってから生まれたとされていて、
小柳ルミ子さん、南沙織さん、天地真理さんあたりがその源流と言われている。

それから80年代にかけて様々なアイドル歌手が登場するが、
その人たちはみんな「個」だったように感じる。

もちろん、“ソロ”という意味合いもあるが、
三人のキャンディーズも、二人のピンク・レディーも、
セットでひとつの個性を表現している、「個」なのだ。

そして、「個」のアイドルたちは、「丁寧に」作られている。

本人はもちろん、作詞家・作曲家・編曲家・演奏者・演出家・撮影家をはじめ、
周りを取り囲むスタッフの人たち全員が、まるで職人の如く、
一人の「アイドル歌手」という作品に向かって、丁寧に仕事をしている。

もちろん、社会が「ひとつの方向」に向かっていた時代だからこそ、というのもあるが、
職人達が丁寧に仕事をしているからこそ人気が出て、親衛隊という組織が作られ、
人々が集まり、CDが売れ、グッズが売れ、ファンクラブの会員が増え、
映画の興行収入が上がり、ドラマや歌番組の視聴率が上がり、ビジネスになっていく。

それが、70年代~80年代アイドルの姿だったのではないか。

そして、職人たちが丁寧に作った「高品質の」作品だからこそ、
25年ブランクがあっても、しっかりと当時の色を再現することが出来るのかもしれない。

その流れを変えるのが、1985年にデビューした「おニャン子クラブ」。
素人の女子大生を大勢出演させて、その中から人気メンバーを作り出していくという、
秋元康さんが考案したシステムは、今のAKB48グループに受け継がれていく。

モーニング娘。も、グループではあるが、
彼女達の原型は、オーディションの落第者のリベンジユニットである。

グループ名を残しながら、メンバーの脱退・卒業・新加入を繰り返すことで、
新陳代謝を図りながら「ブランド」を維持している。


彼女達は、集まっているがキャンディーズのように、
「個」を形成しているわけではないように思える。

「箱推し」と呼ばれるグループ全体のファンもいるが、
一人ひとりに別々のファンがいて、メンバーの個性もそれぞれ。

更に、今のアイドルグループのメンバーは、
アイドルが「通過点」になっており、将来はどんな風になりたい、という前提がありながら、
一定の時期が過ぎれば、「卒業」を意識していくのだ。

もっと言うと、現在は人々の価値観がバラバラで、ひとつの方向に向いていない。
それは、大企業至上主義が終焉していることからもわかるが、
みんなで誰かを応援しようということよりも、「自分だけのアイドル」を応援したい、という
傾向があり、ファンによるグループも単純に「利害が一致した人たちによる組織」のように思える。

そういう視点で見ると、今のアイドルは
「大量生産」によって生み出された「集団」であり、
「どれか当たる」という姿勢で作られている感が否めない。

そして、「個」のアイドルが持っていた「品質」の変わりに、
握手会・写メ会など「ファンとの距離を縮める」という違う付加価値をつけることで
売り上げを保っている。

これは、結構な値段で敷居が高いが「品質は最高」の高級レストランと、
安くて敷居が低いが「品質はそれなり」のファーストフード店に例えられないだろうか。

果たして、今のアイドルグループのメンバーの中に、
25年後、今を彷彿とさせるパフォーマンスを展開できる
アイドルが、何人いることだろうか。



最近、ももいろクローバーZが人気だ。
しかも、現在の若いアイドルにも関わらず、50代以上のファンが多くついている。
私の周りにも、数人、50代以上のももクロファン(モノノフ)がいる。

それはおそらく、私の解釈だが、
ももいろクローバーZ「個」であるからなのだろう。
もちろん、一人ひとりに「推し」が着いているのだが、
あのグループは「ももクロ」としてひとつの個性を生み出している。

「個」を演出しているという点で、
70年代~80年代のアイドルと共通しているところが、
中年男性の人気を集めているのだろうなぁ、ということを
南野陽子さんの30周年コンサートを観て感じた。

40歳を目前に、様々な想いと、感情と、思考と、時間と、ご褒美をくれた、
南野陽子さん、本当にありがとうございました。
KIMG1272.jpg


(了)


20th Anniversary♪

 2015-01-24
今年のお正月、ふと気がついて、
ちゃんと計算してみた。

計算内容をお話しする前に、
まず、言葉の整理からはじめよう。

「満○年」という言葉。

ウィキペディアで見ると、満年齢のページに…

まず「満了」とは、期間中の全時間が満たされ、
その期間が終了すること
である。
よって、「1年間の満了」とは
1年間の最後の日の全24時間まで経過することである。

「最後の日」とは起算日応当日からみると前日であるため、
期間の満了は起算日応当日の前日となる。

次に「起算日」は、初日を省いて翌日とするのが原則である。

つまり、期間は「初日の翌日に応当する日の前日」に満了するため、
結果的に1年間の満了は初日と同月同日になる。


とある。次に…

「周年」という言葉。

コトバンクで調べてみると…

数を表す語に付いて、
ある物事が始まってから、その数だけの年が過ぎたことを表す。


とある。


昨年、県内の2つの放送局が周年を迎えた。

琉球放送 … 創立60周年
⇒1954年10月1日創立。
  (法人としての設立は9月20日だが、放送開始した10月1日を創立としている。)
  2014年10月1日に、「満60周年」となった。
  厳密な「周年期間=60年目」は、2013年10月2日~2014年10月1日 。現在、61年目。

沖縄テレビ放送 … 創立55周年
⇒1959年11月1日創立。
  (法人としての設立は前年5月12日だが、放送開始した11月1日を創立としている。)
  2014年11月1日に、「満55周年」となった。
  厳密な「周年期間=55年目」は、2013年11月2日~2014年11月1日。現在、56年目。

そして、沖縄県第3の民間放送局として誕生した琉球朝日放送は、
今年満20周年を迎える。

琉球朝日放送 … 創立20周年
⇒1995年10月1日創立。
  (法人としての設立は前年6月10日だが、放送開始した10月1日を創立としている。)
  2015年10月1日に、「満20周年」となる。
  厳密な「周年期間=20年目」は、2014年10月2日~2015年10月1日 。現在、20年目。


そして、この琉球朝日放送と、私の「テレビ人生」
完全な同年齢なのである。

私が、新人リポーターとしてテレビに「デビュー」したのが、
1995年10月1日放送「ゆん卓サンデー」

当時の芸名が、ゴトーくん

半年間リポーターとして番組に出て、
その後、4年間ADとしてアルバイトし、
今の会社に社員として採用していただいたのが、1999年11月。

なので、社歴は現在16年目なのだが、
テレビ屋歴」で言うと、今がちょうど私にとって
20th Anniversary に当たるのだ。

実は、昨年は気がついていなかった。
今年の正月に気がついた。


そんなわけで、今年の10月1日まで、
私の「テレビ屋活動20周年記念」として
自分の携わる番組の随所に、
「20年間の感謝を込めた演出」
散りばめていこうと思う。


でも、これは番組を見ている方にはほぼ伝わらないと思います。

例えば、番組BGMの選曲で言うならば、
昔関わっていた番組のテーマ曲だったり、
自分で作って「これ良かった」と自負するBGMやジングルだったり、
お世話になった(なっている)ミュージシャンの楽曲だったり…。

簡単に言えば「20年間の蓄積の使いまわし」です。(苦笑)

ただ、この作業をすることで、
今までの自分の足跡を振り返り、
これからの仕事や、自分のあり方を見つめ直すことに
繋がると思うのです。


覚えている人だけ、クスッとして頂ければ幸いな、
今年の私の番組。

第一弾は、2月13日放送の「西日本宝くじ抽せん会」です。
お楽しみに♪

沖縄に生まれた意味~慰霊の日に想う~

 2014-06-23
私は、「沖縄人」と「静岡人」のミックスであり、
苗字そのものは、静岡出身である母のものを継いでいる。
父の苗字には愛着がない。

そして、祖父である「福太郎」(母の父)は、元日本兵。
残っている資料によると、海軍の人間だった。

祖父は、あまり戦争のことを語ろうとしなかったそうで、
私が1歳半の時、私を連れて里帰りした母が、
ようやくその片鱗を聞くことが出来たそうだ。

その頃の祖父は、既に脳梗塞で倒れた後で、
ほぼ寝たきりの状態。細かい状況まで説明することの出来ない中で、
母に語った、ひとつの事実があった。

祖父は、海軍として、南方戦線に出撃したそうだ。
そして、出撃途中なのか、帰還途中なのかはわからないが、
自隊の船が遭難し(砲撃を受けた?)、祖父は海へ投げ出された。

そして、漂流していた祖父ら兵士たちを救助したのが、なんと
「沖縄の船」だったと言うのだ。

漁船なのか、なんなのかもわからない。
本島の船か、宮古の船か、八重山の船か、細かいことはわからない。
なぜなら「言葉がわからなかった」から。

それでも「沖縄の船」であることは認識していたようだ。

そして、「沖縄の船」に救助された祖父は、命からがら、本土へ帰還。
兵士としての役目を終え、家に帰ってきた。

祖母が、母を身ごもったのは、それから後のコトだ。

つまり、「沖縄の船」に助けられていなければ、母は生まれていない。
ということは、私の存在もなかっただろう。

おそらく祖父は、沖縄に渡り、沖縄の男との間に生まれた、
沖縄出身の孫を連れて里帰りした母に、
その事実を話しておきたかったのだろう。


「沖縄の船」に助けられ命を永らえた祖父。
その後産まれた娘(母)が、海外旅行として出かけた沖縄で「ナンパ」され、
一度は地元に戻るも、適齢期になり「早く嫁に行け」的な圧力を受け家を出され、
行く場を探した娘が頼ったのは、沖縄で自分に声をかけた地元の男(父)。
そして、その男との間に生まれた「沖縄出身の」息子。

これは、なんたる因果か。

「沖縄の船」に祖父が助けられたことによって、
私は「沖縄で」生まれることが出来たのだ。

私の本籍は相変わらず静岡県にあり、
「沖縄県在住」ではあるけれども、純粋な「沖縄県民」ではない。

ただ、私が誕生する大きなきっかけが「沖縄」であることに間違いはない。

となれば、私は「沖縄」に恩返しをしていく義務がある。

大きなことは出来ない。ただ、ほんの「小さい」ことでも、
私は、私自身の生まれ故郷であり、私が生まれることを可能にしてくれた、
この沖縄という島のために、これからも、生きていきたい。


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