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「恋愛結婚」は、社会的システムとして、もう破綻してはいないか?

 2016-11-27
※注意:めちゃくちゃ長文です。

Facebookに、交際ステータスという欄がある。

これは、恋人や配偶者の有無、交際相手などについて表示する欄だ。

「独身」「交際中」「婚約中」「既婚」「シビルユニオン」「ドメスティックパートナー」「オープンな関係」
「複雑な関係」「別居」「離婚」「配偶者と死別」と様々な種類がある。

例えば、独身表示をすれば、結婚相手を探していたり、恋愛相手を探しているという意思表示になる。

「交際中」「婚約中」「既婚」と表示しておけば、Facebook上でナンパする人や、恋愛を意識しているFB友達に
あらかじめ拒絶の意思を示しておくことができる。

「離婚」表示があれば、バツイチだとわかるので、
「それでもアナタのことが好き」という異性友達を見つけるのには役立つかもしれない。

ちなみに「シビルユニオン」は、同性愛者の結婚関係。

「ドメスティックパートナー」は、異性愛者・同性愛者問わず、同居の恋人関係。

「複雑な関係」は、恋人同士ではない・不倫中・離婚調停中」など文字通り複雑な関係だそう。


そして、先日僕は、この交際ステータスを「独身」から「オープンな関係」に改めた。

「特定の人と交際関係を持たず自由な恋愛を楽しみたい」とか「浮気や不倫OK」という意味合いの表現だ。

恋愛はしたいけど、結婚はしないという意思表示を、ある意味世界に向けて行ったわけだ。

表明した大きな理由としては、どうやら僕には「真面目な人」というキャラクターイメージがあるらしく、
独身という表記にしておくと、「一人の人と律儀にお付き合いして、いずれ結婚する」というイメージに繋がっていないだろうかということを懸念したからである。

そういうイメージを持っていた方には申し訳ないが、僕はそんな人間ではない。

僕は、全ての女性はそれぞれに素敵な魅力があるので、
こんな素晴らしい女性の中から一人を選ぶということが出来ない。

アイドルを応援している人の用語で言うと、「箱推し」「DD(=誰でも大好き)」ということなんだろうか。

「女性」全てが大好きなのだ。

だから、色んな女性とお食事をしたいし、語り合いたいし、お酒を飲みたい。

もちろん、男と女だから、性的な関係になることもあるだろう。

そういう全ての異性間の人間関係を、もう少し大らかに深く考えず楽しんでいきたいのだ。

そもそも、結婚する意志がないので、一人に絞り込む必要も無いと思っている。

ということを、知っておいて欲しいという意思で、今回の交際ステータス変更に至った。


最近、これは日本だけなのかどうかわからないけど、
「現行の結婚というシステムに対する価値観が、不幸な人を増やしている」気がするのだ。



僕が結婚をしないと宣言しているのは、たったひとつの理由で、
自分の子どもを作りたくない(遺伝子を残さない)ということだ。

親父のことが嫌いで、親父の遺伝子を残したくない、というのが大きな動機で、
この話は、母親にもした。


となると、「結婚て何だ?」という話になっていく。

広辞苑には、「婚姻」という言葉の定義として、「結婚すること」とあり、
「夫婦間の継続的な性的結合を基礎とした社会的経済的結合で、
その間に生まれた子が嫡出子として認められる関係」とある。

要するに、結婚と言うのは、人間が社会活動を進めていく上で、
一番最小の経済的組織ということになるわけだ。

男女が結びついて、子孫を作ったら、
その子供を誰が養育していくのか、という定義の中、夫婦という単位は、とても重要だ。

また、昔の大名や一族企業、伝統芸能などの場合「家督・経営権・名前を継ぐ者を育てる」という
非常に大きな役割を担っている。

そして、この場合、かつて行われていた「政略結婚」というのは、
実は理にかなった方法ではなかっただろうか。


家柄、出自、経済状況、人柄などを総合的に検討し、当人達以外の手によって(親や第三者)が、
婚姻相手を決めてくる。

僕の祖母も、結婚式当日まで祖父の顔を知らなかったらしい。

その政略結婚のシステムは、現在でも「お見合い結婚」という形で現代に生きている。

ただ、かつてのお見合いと、現代のお見合いは多少意味が異なる。

昔のお見合いは、相手を親が決めてくるため、ほぼほぼ断られることは無く、
結婚前の事前対面の意味合いが強かった。

万が一断ることになった場合、親や世話人の面目に関わってくるため、
相当ハードルが高かったという。


現在のお見合いは、結婚相手を探すためのリサーチ場所になっている。

いろいろ話して、条件が合わなければ断れば良い。
世の中の風潮も「今回も合わなかったね」くらいに認識されるので、
かつてのように、悔恨を残すようなことにはならない。

それでも「家柄」や「経済状態」「人生設計」などを見極められる場所という意味では、
結婚するための手段としては、有効な手段である。

しかし、女性の社会進出が増え、個人の自由意志が尊重される風潮が広がるにつれ、
お見合いが「恋愛結婚できない人の駆け込み場」のような扱いを受けた次期がある。

誰かが決めた相手ではなく「自分の意思で自分が決める相手」と結婚することが、
理想とされた時代があり、現在もその風潮が続いている。

また、法律上、日本は一夫一妻制であり、その経済的組織の中で子供を育てるシステムの中で、
婚姻関係にない異性と性的関係を持つことが「違法」とされている。


しかし、今、この結婚というシステムの上で生きている人たちが、
全員幸せか、というと僕はそうではない、と認識している。

そもそも、僕の両親はもともと結婚しておらず、親父には正式に籍が入った本妻がいるので、
最近の表現で言うと僕は「不倫相手の子」なのだ。

だからこそ、結婚自体に魅力を感じないし、女手ひとつでしっかり僕を育ててくれたおかげで、
「結婚していなくても、子どもはちゃんとした大人に育つ」ことを身をもって証明していると自覚している。

ちゃんと結婚して生まれた子どもでも、犯罪を犯したり、薬に手を出したり、人を騙したりと、
「ちゃんとしてない大人」に育った子どもも大勢いることは、
報道が物語っている。


また、結婚というシステムが新たな「不幸」を生んでしまうケースもある。

熟年離婚、セックスレス、長期別居…など。

夫婦間は冷え切っていても、子どもがいるから、世間体があるから、などの理由で
形式だけの夫婦関係を維持し、婚姻関係とは別に恋愛関係の相手を持っている夫婦もたくさんいる。

また、DVに苦しみながらも経済的な事情で、離婚できない夫婦もいる。

それは、果たして幸せなのだろうか?


私は、離婚した夫婦、別居中の夫婦に常々感じていることがある。
特に、結婚式・結婚披露宴を挙げた夫婦に。

「神に何を誓ったの?」「何人が二人のためにご祝儀も持って集まってくれたの?」
「別れるにあたって、式や披露宴に集まってくれた人たち一人ひとりに謝ったの?」
「永遠の愛を誓った神に懺悔したの?」

色々あると思う。結婚してからわかった価値観の違いや、
年齢を重ねるに変化していく、お互いの経済的認識や、環境、教育観など…。

でも、だからこそ「軽々しく離婚しすぎ」だと思うのだ。

もっと言うと「安易に結婚しすぎ」だと思うのだ。


最近、婚活パーティーが流行っている。

ただ、婚活パーティーに参加する人は、結婚の先に、どういう目的を持っているのか?

子どもを産み育てたいのか、相手のステータスによって自分の存在感を確かめたいのか、

社長夫人・院長夫人になりたいのか…


前述した通り、結婚した「夫婦」というものが、社会的経済的活動をすすめるための最小の「組織」であるならば、

外見とか性的相性は関係なく、「組織づくり」なわけだから、
お互いの経済観念と、政治観、教育方針、出自などが重要になってくるはず。

であれば、例えば、組織としての夫婦は維持しながら、
それとは別に、娯楽としての恋愛関係があってもなんら問題はないはずだ。

法律が一夫一妻として夫婦を縛っているのは、経済を一にしている配偶者や扶養家族を保護するためのものであって、
家庭に不利益を及ぼさなければ、「楽しみとしての恋愛」は許容されるべきだと考える。

そもそも、男の子も女の子も「家族以外」に恋愛対象・性的対象を求めるのに、
夫婦だけ「家族内」にしか恋愛対象・性的対象が許されないというのは、
どういうことだろう。

恋愛して結ばれた「家族以外の」男と女が、結婚して「家族」になった瞬間、
恋愛対象・性的対象から外れていくのは、しごく当たり前の発想だとは思えないだろうか?


昼顔妻、不機嫌な果実など、婚外恋愛を描いたドラマ・小説は、
今に生まれたことではない。


親の世代からの強制に反発し、「自由恋愛」を優先する流れの中で生まれた「恋愛結婚」。

しかし、時代が進み、そのシステムに破綻が生まれてきている。

もう「民法第770条第1項第1号」が規定する、「配偶者に不貞な行為があったとき。」という法定離婚事由の条文を
削除したらどうか。

そうすれば、「結婚したことによって不幸になってしまう人たち」を減らせるのではないだろうか。

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